“間違いない”と信じられていた老舗の存在感
「“間違いない”と信じられていた老舗の存在感」
— 千疋屋・万惣が担っていた“信頼”の舞台裏
“フルーツを贈るなら、千疋屋か万惣にお願いすれば間違いない。”
それは、母が日本を代表する繊維・化学メーカーで30年近く秘書として働く中で、当たり前のように語られていた“常識”だった。
贈答や接待で失敗が許されない場面でも、その一言で決まる安心感があったという。
なぜ、彼らはそこまでの信頼を勝ち得ていたのか。
そしてその背景には、どんなやりとりや“気づかい”があったのか。
今日はその舞台裏に迫ってみたい。
“予算と相手”を伝えるだけで成立した信頼
「千疋屋には“予算と相手の立場”を伝えるだけ。あとはお任せだったの。」
母が贈答フルーツの手配をする時、やるべきことはシンプルだった。
贈る相手の名前、立場、そして大まかな予算を伝えれば、あとは千疋屋が最適な品を揃えてくれる。
商品カタログを開いて比較することもなければ、「どのフルーツが人気か」など調べる必要もない。
老舗の果物専門店というだけで、“贈り手の品格も守ってくれる”と信じられていたからだ。
それは、贈る側にとっては非常に大きな安心だった。
電話一本で通じる、プロの連携
「役員会のフルーツも、電話一本でお願いしてた。」
その企業では、役員会のランチ後に、季節の果物が必ず用意されていた。
50人分近いフルーツを揃える場面でも、「千疋屋に電話一本」で手配ができたという。
メールやスマホがなかった時代。
それでも老舗は、信頼に応える準備と段取りができていた。
母はこう語る。
「三越もすぐ近くにあったけど、“贈り物”としての信頼は千疋屋と万惣だった。」
贈答とは、単に“物を届ける”ことではない。
“相手との関係性を守ること”。
その重みを理解している店だからこそ、頼られていた。
サービスの温度感——千疋屋と万惣の違い(当時)
意外だったのは、こんな一言だ。
「千疋屋は近くて便利だったけど、万惣のほうがサービスが丁寧だったと思う。
たまに秘書室に果物を差し入れてくれたこともあってね。」
もちろんこれは、1968年〜1998年の母が大手繊維化学メーカーで働いていた当時の個人的な体験に基づく印象であり、現在の千疋屋さんについての評価ではない。
ブランド力では千疋屋が圧倒的だったが、“あたたかさ”や“気づかい”という点では万惣が印象に残っているという。
フルーツを「ただの贈答品」に終わらせない。
そこに“気持ち”を添えられるかどうか。
それは、商品だけでは測れないブランドの温度差かもしれない。
信頼される老舗が背負っていたもの
ある時、取引先から「届いたクラウンメロンの匂いに違和感がある」と千疋屋へ直接連絡が入った。
千疋屋は即座に新しいメロンを再手配し、その後、贈り主である母にも状況を説明してくれたという。
生ものを扱う難しさ。
それでも“間違いない”と言わせるために、老舗は日々、信頼を守る対応を積み重ねていた。
その姿勢こそが、母たちのような“失敗できない立場”の人々にとって、何よりの支えだったのだ。
▶ 次回予告:「会長のお昼にも、50人分の役員会にも。」— 国内トップの素材メーカーでフルーツが果たしていた“影の主役」